河口浅間神社だより 第24-1 号 より 下記にある『節分祭、豆まきの行事』は平成24年です

『神社は初詣で賑わいました』
 大晦日の除夜から新年を迎えるとき、神社では、旧年の無事の感謝と、新年の多幸を祈願する神事が行われます。新年の初太鼓と共に、多くの方が初詣に参拝されました。
 歳の瀬における河口地区皆さんによる清掃により清められた境内。ライトアップで闇夜に浮かび上がった大鳥居、随神門の光で参道も明るく、厳粛な鎮守の森で初詣の参拝をされた皆僚の身も心も清められたことでしょう。拝殿前、参拝者が暖をとる焚き火の周りではお神酒に加え、観光協会による甘酒の振る舞いもありました。
 天候に恵まれた元旦の早朝8 時頃から、厄年、新成人および喜寿などのお祝いの歳に当たる方々の御祓いの行事が行われました。また、今年は関東や中京方面からのバスツアーや宿泊滞在の観光客の方々が参拝に見えられました。社務所番や札所雷、案内役として賛協会の方々のご協力を得て賑やかな正月になりました。


『御筒粥祭(おつつがゆさい)の行事』
 御神木が建てられる正月14 日午後1 1 時半頃から15 日の午前1時頃に渡り、御筒粥の神事が社務所にて行われました。この神事は神社の行事の中でも特殊な神事で、古くより伝わります。神事となる炉の切られた部屋の四方には注連縄を張り巡らせ、清められた炉の四方と炉の東面、神座となる正面に御幣を立てます。祭壇に五柱の神を迎えます。古式に則り、祝詞36 度の奉唱により、銅の大鍋に米2 升、粟、稗、大豆、小豆各2 合の五穀をほかの神事にも用いられる勝ノ木(軍人木)の薪で1 時間半ほどかけて炊き上げられます。蔭の簾に入った粥の様子から農作物の作柄や世の中の占いが行われます。この結果は全戸に配布され、農作物の作付けなどの日常の参考にされています。

『節分祭、豆まきの行事』
 2 月3 日は節分の目。節分とは暦の上で二十四節のうちの立春の前日で、寒が明けるつまり、冬から春へのかわりめにあたります。また、季節が変わる時期には邪気を生じ災いをもたらすといわれ、邪気を払い福を招く鬼やらいの行事が全国の神社仏閣で行われます。
 沼口の各戸のご家庭においても鬼を払い、福を招き入れる「豆まき」が行われています。豆は神棚(歳神さん)に供えられ、「鬼は外、福は内」と、家の内外lこ豆をまいた後、家族全員の年齢の合計と同じ数の豆を数え、無病息災の祈りを込めて半紙に包んだ豆で身体を撫で、道祖神に納めます。
 神社では氏子であります沼口地区の皆さんの幸せを祈願し、今年も福を招く節分祭の豆まきを神社境内にて行います。氏子の皆さんまた、多くの方のご参加を願いますと共に、特に今年が厄年となる方、新成人、喜寿や米寿などのお祝いの歳を迎えられました方々のご参加をお願いしています。
家内安全、健康で良き年でありますよう、「福は肉、鬼は外」の豆まきをして頂きたいと醇じます。

節分の神事と豆まきの予定
1. 神事  午後1 時30 分〔厄年や喜寿などの方はお蹴いをしますので、ご参集ください)
2. 豆まさ 第1 回目午後3 時~
     第2回目午後3 時30 分頃~


『山の神の祭事』
 道祖神のまつりは1 月5 日の御神木の切り出しに始まり、1 月14 日の御神木建て、1 月20 日の御神木倒しに至るまで、皆さんのご協力により賑やかに執り行われました。また、子供たちによる六根清浄も伝承の掛声が河口のまちに元気よく響きわたりました。
 神社だより「第23-6 号」で『お正月行事の掛声 を掲載しましたが、今回は山の伸祭にまつわる掛声をとりあげます。
 河口の山の神の社は、上町、中町、下旬の各町内に社があり、浅間神社の祭神、木花咲耶姫命の父神、大山祇の尊が祀られています。
 山の神の祭事は毎年1 月1 6 日の御籠りから始まり、17 日の未明に参拝します。この祭りは男性のみが参拝し、かつては、男の子であれば乳幼児であっても親の背中に背負われて参拝されていまし足。参拝には弓矢を備え、家から参拝に向かう往路では「フウナンバアライ」と唱え、参拝をし、弓矢を射る時には「アクマゲドウヒャ口一」の掛け声とともに矢を射り、参拝を終えた帰路では「ゲンコウメデタイ」と唱えながら帰ります。「フウナンパアライ」は不意難払、「アクマゲドウヒャロー」は悪魔下童射、「ゲンコウメデタイ」は下降(向)目出度の意で、不意の難を払い、悪魔を払て、目出度い参拝を済ませて帰還する唱え言葉だと言われています。


『参道の石灯篭』
 神社の参道には年代の古い石灯籠があります。この石灯籠には「万延元庚申歳」、「四月初申日」と文字が刻まれており、万延元( 1860) 年の4 月の例太祭に建立されたものと思われます。灯舗に刻まれた文字はこのほかにもありますが、判読できません。(住民センター入口にある石灯籠)
 万延元年は庚申御縁年の王手にあたり、大鳥居の建て替えも河口御師により行われました。