河口浅間神社だより (第24-5) 平成24年

~新嘗祭の献穀について~
 秋は収穫の季節。自然の恵みを受けて育った作物の収穫に感謝し、勤労を尊ぶ、勤労感謝の日が11月23日に制定されています。全国の主な神社では、この日に新嘗祭の神事が行われています。新嘗祭では、その秋に収穫した新穀を奉納し、感謝のお祈りをいたしております。
 私たちの郷土の氏神、延喜式内明神大社河口浅間神社においても、古くからこの神事が行われており、各戸から奉納の献穀を願い、健康に勤労できたことおよび作物の収穫を感謝するお祈りをいたしております。
 新嘗祭の神事は、春の倒大祭や太々神楽祭(おだいだい)、お筒粥、身曽岐祭なとと共に古くから行われている河口浅間神社の大切な神事です。
 神社では、毎年、自治会長さん、隣組長さんを通じて、各戸から献穀の奉納を願っております。皆様の勤労の状況や生産の状況などに応じ、献穀の奉納を賜りますようお願い申し上げます。

~伊勢神宮と神宮大麻~
 伊勢神宮は三重県伊勢市に鎮座し、悠久の歴史のもと、日本人の山のふるさととして現在に伝えられています。伊勢神宮は日本の総氏神であり、
天照大神を祀る皇大神宮(内宮)と衣食住の神様である豊受大神宮(外宮)を中心に125の宮社からなっています。

神宮太麻(お神札)
 伊勢神宮のお神礼を神宮大麻と言い、大麻とは、古くは「おさぬき」と読みました。これは、祈りが込められるお神札の大切な部分を麻串(ぬさぐし)と呼んだことに由来する、歴史のある言葉です。「天照大神大神宮」の神号に神様の印が押された神宮大麻は、清浄を第一に数々の神事を経て、伊勢神宮で奉製され、新年を迎えるにあたり、氏神さまを通し、河口の各家庭に頒布されています。
 お神札は神さまを仰ぐ「みしるし」として、家庭の神棚におまつりします。三社づくりの神棚の揚合、伊勢神宮の大麻を神棚の中央にまつり、向かつて右に氏神さまのお神札、左にその他の崇敬する神社のお神札をまつります。一社つくりの揚合は手前に神宮大麻をまつり、氏神のお神札の順にお札を重ねておまつりします。神棚のない家庭では、目線より高い位置のタンスや本棚さ利用し、神をおまつりし、家族の幸せを祈りましょう。一般的に神棚の向きは南向きおよび東向きがよいとされます。

お供え(神餞)
 神棚には米、水、塩などの神銀を供えます。供え方は右の図を参警にして下さい。

~金地黒絵馬~
 神社の拝殿から本殿に向かい、拝殿左側の長押上の小壁に絵馬の複製が掲額されています。実物は文化財保護の目的で、宝蔵庫にて保容されています。
 絵馬は狩野洞元邦信によるもので、額丈3尺4 甘(約103cm)、幅4尺7寸 (142cm)、背景を金箔押し、中央に漆絵の技法で大きく勇む黒駒を描いており、これに金具の枠で飾られています。
 額の表面上部に「奉掛御宝前」とあり、左に「元禄十年丁丑閏二月七日 戸田忠真」、右下部に「狩野洞元邦信」と記載されています。戸田忠真は信州の大名で、浅間信仰のため狩野洞元に絵馬を描かせ、元禄10年(1697)、河口浅間神社に奉納したもので、町の有形文化財に指定されています。
 狩野家は代々江戸幕府のお抱えの絵師で、狩野家2 代目は日光東照の装飾に携わり、3代目は幕府より朝鮮王朝へ贈った屏風を制作するなど、重要な役割を果たしました。
 狩野洞元は寛永20年( 1643 )、狩野素川伸政の次男として生まれ、分家として幕府の表絵師のひとつ浅草猿屋町代地分家狩野家を創立しまし定。河口浅間神社に奉納された金地黒給馬は彼の代表作として有名です。

                                                                  河口浅間神社