河口浅間神社だより 第25-1号 平成25年

『神社は初詣で賑わいました』
 大晦日の除夜から新年を迎えるとき、神社では、旧年の無事の感謝と、新年の多幸を祈願する神事が行われます。新年の初太鼓と共に、多くの方が初詣に参拝されました。
 歳の瀬における河口地区皆さんによる清掃により清められた境内。ライトアップで闇夜に浮かび上がった大鳥居、随神門の光で参道も明るく、荘厳な鎮守の森で初詣の参拝をされた皆様の身も心も清められたことでしょう。拝殿前、参拝者が暖をとる焚き火の周りではお神酒に加え、観光協会による甘酒の振る舞いもありました。
 天候に恵まれた元旦の早朝8 時頃から、厄年、新成人および喜寿などのお祝いの歳に当たる方々のお祓いの行事が行われました。また、今年は関東や中京方面からのパスツアーや宿泊滞在の観光客の方々が参拝に見えられました。授札所の奉仕や神社の案内役として賛助会の方々のご協力を得て賑やかな正用になりまレた。

『御筒粥祭の行事』
 御神木が建てられる正月14日午後11時半頃から15日の午前1時頃に渡り、御筒粥の神事が社務所にて行われました。この神事は神社の行事の中でも特殊な神事で、古くより伝わります。斎場となる炉の切られた部屋の四方には注連縄を張り巡らせ、清められた炉の四万と炉の東面、神座となる正面に御幣を立てます。祭壇に五柱の神を迎えます。古式に則り、祝詞36度の奉唱により、銅の大鍋に米2升、粟、稗、大豆、小豆各2合の五穀をほかの神事にち用いられる勝ノ木(軍人木)の薪で1時間半ほどかけて炊き上げられます。葭の簾に入った粥の様子から農作物の作柄や世の中の占いが行われます。この結果は全戸に配布され、農作物の作付けなどの日常の参考にされています。

『節分祭、豆まきの行事』
 2月3日は節分の目。節分とは暦の上で二十四節のうちの立春の前日で、寒が明けるつまり、冬から春への季節の変わり目にあたります。まだ、季節が変わる時期には邪気を生じ災いをもたらすといわれ、邪気を払い福を招く鬼やらいの行事が全国の神社仏閣で行われます。
 河口の各戸のご家庭においても鬼を払い、福を招き入れる「豆まき」が行われています。豆は神棚(歳神さん)に供えられ、「鬼は外、福は内」と、家の内外に豆をまいだ後、家族全員の年齢の合計と同じ数の豆を数え、無病患災の祈りを込めて半紙に包んだ豆で身体を撫で、道祖神に納めます。
 神社では氏子であります河口地区の皆さんの幸せを祈願し、今年も福を招く節分祭の豆まきを神社境内にて行います。氏子の皆さんまた、多くの方のご参加を願いますと共に、特に今年が厄年となる方、新成人、喜寿や米寿などのお祝いの歳を迎えられました方々のご参加をお願いしています。

節分の神事と豆まきの予定
1 . 神事午後2時30 分(厄年や喜寿などの方はお蹴いをしますので、ご参集ください)
2 . 豆まき 第1回目 午後3時~  第2回目 午後3 時30 分頃~

『山の神の祭事』
 道祖神のまつりは1月5日の御神木の切り出しに始まり、1月1 4日の御神木建て、1月20日の御神木倒しに至
るまで、皆さんのご協力により賑やかに執り行われました。また、子供たちによる六根清浄も伝承の掛声が河口のまちに元気よく響きわだりました。
 河口の山の神の社は、上町、中町、下町の各町内に社があり、浅間神社の祭神、木花咲耶姫命の父神、大山祇の尊が祀られています。
 山の神の祭事は毎年1月16日の御寵りから始まり、17日の未明に参拝します。この祭りは男性のみが参拝し、
かつては、男の子であれば乳幼児であっても親の背中に背負われて参拝されていました。参拝には弓矢を備え、家から参拝に向かう往路では「フウナンバアライ」 と唱え、参拝をし、弓矢を射る時には「アクマゲドウヒャロー」の掛け声とともに矢を射り、参拝を終えた帰路では「ゲンコウメデタイ」と唱えながら帰ります。「フウナンパアライ」は不意難払、「アクマゲドウヒャロー」は悪魔下童射、「ゲンコウメデタイJ は下降(向)目出度の意で、不意の難を払い、悪魔を払て、目出度い参拝を済ませて帰還する唱え言葉だと言われています。

『神社の宝物』~金銅製絵馬~
 神社の拝殿から本殿に向かった正面の長押上に一対の「金銅製絵馬」が掲額されています。丈2尺5寸(75c m )、幅3尺5寸( 105cm )の金銅製で、元禄15年( 1702)壬午6 月庚申日奉納の年記があり、それぞれの給馬に但馬守藤原朝臣・秋元氏嵩朝と伊賀守藤原朝臣・秋元氏尚朝の奉納者が記されています。この給馬にみるように、河口浅間神社は当時の統治者や権力者からも信仰されていだことが分かります。

                                           河口浅間神社