浅間神社だより 第27-1 号 平成27年1号

『神社は初詣で賑わいました』
 大晦日の除夜から新年を迎えるとき、神社では、旧年の無事を感謝し、新年の多幸を祈願する神事が行われます。新年の初太鼓と共に、多くの方が初詣に参拝されました。
 歳の瀬における河口地区皆さんによる清掃により清められた境内、ライトアップで闇夜に浮かび上がった大鳥居、随神門の光で参道も明るく、荘厳な鎮守の森で初詣の参拝をされた皆織の身も心も清められたことでしょう。拝殿前、参拝者が暖をとるま置き火の周りではお神酒が振る舞われました。
 天候に恵まれた元旦の早朝8 時頃から、厄年、新成人および喜寿などのお祝いの歳に当たる方々の参拝が行われました。これに加え、パスツアーや宿泊滞在の方々による参拝が増えました。これは富士山世界遺産登録の影響が考えられますが、富士山信伺の構成遺産として登録されだ神社にふさわしい賑やかな正月になりました。

『御筒粥祭の行事』
 御神木が建てられる正月14日午後11時半頃から15日の午前1時頃に渡り、御筒粥の神事が社務所にて行われました。この神事は神社の行事の中でも特殊な神事で、古くより伝わります。斎場となる炉の切られた部屋の四方には注連縄を張り巡らせ、清められた炉の四方と炉の東面、神座となる正面に御幣を立てます。祭壇に五柱の神を迎えます。古式に則り、祝伺36度の奉唱により、銅の大鍋に米2升、票、問、大豆、小豆各2合の五穀を勝ノ木(軍神木)の薪で1 時間半ほどかけて炊き上げられます。蘆の簾に入つだ粥の様子から農作物の作柄や世の中の占いが行われます。この結果は全戸に配布され、醜作物の作付けなどの日常の参考にされています。

『節分祭、豆まきの行事』
 2月3日は節分の日。節分とは暦の上で二十四節のうちの立春の前日で、寒が明けるつまり、冬から春へのかわりめにあたります。また、季節が変わる時期には邪気を生じ災いをもたらすといわれ、邪気を払い福を招く鬼やらいの行事が全国の神社仏閣で行われます。河口の各戸のご家庭においてち鬼を払い、福を招き入れる「豆まき」が行われています。豆は神棚(歳神さん)に供えられ、「鬼は外、福は内」と、家の内外に豆をまいだ後、家族全員の年齢の合計と同じ数の豆を数え、無病息災の祈りを込めて半紙に包んだ豆で身体を撫で、道祖神に納めます。
 神社では氏子であります河口地区の皆さんの幸せを祈願し、今年ち福を招く節分祭の豆まきを神社境内にて行います。氏子の皆さんまだ、多くの方のご参加を願いますと共に、特に今年が厄年となる方、新成人、喜寿や米寿などのお祝いの歳を迎えられました方々のご参加をお願いしています。家内安全、健康で良き年でありますよう、豆まきをして頂きたいと存じます。

節分の神事と豆まきの予定
1 .神事 午後2時30分(厄年や喜警などの方はお祓いしレますので、ご参集ください)
2. 豆まき 第1回目午後3 時~
              第2回目午後3時30分~

『山の神の祭事』
 道祖神祭りは1月5日の御神木切出しに始まり、1月14日の御神木建て、1月20日の御神木倒し花づくりに至るまで、皆さんのご協力により、賑やかに執り行われました。また、六根清浄では、子供たちの元気な掛声が町に響きわたりました。
 河口の山の神の社は、上町、中町、下町の各町毎にあり、浅間神社の祭神、木花開耶姫の父神、大山祇の尊が杷られています。
 山の神の祭事は毎年1月1 6日の御籠りから始まり、17日の未明に参拝します。この祭りは男性のみが参拝し、かつては、男の子であれば乳幼児であっても親の背中に背負われて参拝されていました。参拝には弓矢を携え、家から参拝に向かう往路では「フウナンパアライ」と唱え、参拝の後、弓矢を射る時には「アクマゲドウヒャロー」の掛け声とともに矢を放ち、参拝を終えだ帰路では「ゲンコウメデタイJ と唱えながら帰ります。「フウナンパアライ」は不意難払、「アクマゲドウヒャロー」悪魔下童射、「ゲンコウメデタイ」は下降(向)目出度の意で、不意の難を払い、悪魔を払いて、目出度い参拝を済ませて帰還する唱え言葉だと言われています。

『氏子総代の一部交代について』
 氏子総代の任期は3年となっており、現在の総代は平成26年に改選され、在任期聞があと2年あります。この度、第1自治会選出の友谷文一氏が一身上の都合により退任され、平成26年12月23 日付で小沼原敏憲氏(河口297番地)に着任して頂くことになりましたので、お知らせ申し上げます。
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