諏訪祭

諏訪神社の社は、浅間神社の境内にあり、父神を大国主命にもつ建御名方神(たけみなかたのかみ)が祭神に祀られています。
例祭は9月11日に執り行われます。諏訪神社と言えば子授けの神、安産の神として信仰が厚く、多くの参詣を受けています。子宝祈願、安産祈願には、底の抜けた柄杓や薄を奉納することが古くからの慣しになっています。現在では、略式に紙で作った柄杓も奉納されます。
諏訪祭りといえば奉納相撲。夕暮れから子供相撲が始まり、夜には大人の相撲が奉納されます。地元住民の力士による名勝負、応援の声も賑やかに、奉納相撲が行われます。
中入りには「力結び」としておにぎりが配られます。おむすびの中には小石が入っているものがあり、これを食べると子宝に恵まれると言われています。
安産を願う儀式として腹帯があります。河口浅間神社でも、安産を祈祷した腹帯を授かることができますので、社務所にお問い合わせ下さい。
今年の奉納相撲には、42歳を中心とする厄年の人達が、健康と幸せを願い、相撲をとります。河口浅間神社の伝統行事、諏訪祭に多くの参加をお待ちいたしております。

隆武隊の碑

河口浅間神社受札所奥の高所に甲斐の勤王、隆武隊の顕彰碑が建立されています。河口地区は富士山信仰における御師の里として形成され、江戸時代中期には140軒にも及ぶ御師住宅が存在し、ほとんどの村人が何らかの形で御師の業務に携わったとされています。時は下り、徳川幕府が大政奉還し、新しい明治の時代に移り変わる混乱の時、河口御師の子弟によって隆武隊が結成されました。勤皇の志のもとに終結した、 12歳から20歳前後の46名によって構成され、甲斐の要衝である甲府城の警護にあたりました。この功績を讃え、大正6年、河口浅間神社の境内に隆武隊の碑が建立されました。
碑には東征軍有栖川宮熾仁親王の侍従、柳原前光副総督の子孫、伯爵柳原義光によって隊史が綴られ、碑の裏には隆武隊46名の氏名が刻まれています。
神社では隆武隊の碑を祀り、9月11日に祭祀を行っています。

浅間神社だより 第20-4号より転載